建設業界のデジタルトランスフォーメーション(DX)を牽引するランドログ。その創業の背景には、業界の常識を覆す挑戦と、異業種間の協調が生み出したイノベーションがありました。本記事では、ランドログ設立に深く関わったお二人をお迎えし、創業当時の熱狂と苦悩、そして未来への展望を語っていただきます。
<対談者>
関川 祐市 さん株式会社EARTHBRAIN ランドログカンパニー ヴァイスプレジデント
明石 宗一郎 さん株式会社IncubeX Studio 代表取締役
(本記事は、日本の建設DX・建設IoTが目指すべき方向性を探る『建設DXインタビューリレー』の第一回です。)
進行:本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、立ち上げ当初のランドログの立ち位置や、当時の思いについてお聞かせください。
関川:最初は、周りから「夢だけ語ってろ」なんて言われていましたね(笑)。でも、すぐに現実的な課題に直面しました。当時、「オープンなプラットフォーム」という概念自体がまだ一般的ではなくて、「一体何言ってるの?」という反応が多かったんです。
建設現場にはコマツの建機だけではなく、さまざまなメーカーの建機、例えば道路を舗装する機械など、多種多様な機械が稼働しています。それらのデータを1つのプラットフォームに集約するという話をすると、「そんなことで商売になるのか?」と疑問を持たれました。それでも、徐々に理解を示してくださるパートナーさんが集まり、一緒に盛り上げていく雰囲気になっていきました。
明石:本当に新しい取り組みでした。大企業4社が集まってジョイントベンチャーを設立し、それぞれの異なる強みを持つメンバーが集まって、オープンIoTプラットフォームに取り組むというのは、非常に先進的でした。IoTプラットフォーム自体も、この4社で取り組むのが正解だったと思いますし、それが「オープン」であるという点が革新的でした。
明石:いざ蓋を開けてみたらカオスでしたね(笑)。良い意味でのカオスです。コマツの方、SAPの私、NTTドコモの方、オプティムの方。この「オープンIoTプラットフォーム」という先進的な言葉の下に、多様なバックグラウンドを持つ人々が集まり、まさにカオス状態でした。それが第一印象です。
進行:明石さんがSAPから出向された際、会社からの期待や、ご自身が抱いていた目標などはありましたか?
明石:正直に言うと、このカオスな状況でも、自分ならパフォーマンスを発揮できると自信を持っていたんです。でも、実際は全然ダメでした(笑)。初めて経験する種類のカオスというか。これまでは、指示されたことを120%の力でやれば評価され、成長できている実感もありました。しかし、建設現場のことも、コマツの方でさえ詳しく知らない方が多くて、ビジネスの現場もよく分からない。売り物もない、オフィスはあるけど商材もない、という状況で、本当にカオスでした。根拠のない自信はあったんですが、見事にへし折られましたね。
進行:何もないところからのスタート、しかもベンチャー企業ではなく、ジョイントベンチャーという形態で、一つの目標に向かって進むのは難しかったのではないでしょうか?
明石:そうですね。ともすれば、水と油のような関係で空中分解してもおかしくない座組だったと思います。でも、振り返ってみると、奇跡的に人に恵まれたんです。非常にベンチャーライクというか、ベンチャー企業も人の出入りが激しいですが、ランドログには強烈なビジョンがあり、それに共感して集まってくれた現場のメンバーがいました。だから、背中を預けて動くことができたんだと思います。本当に良い人たちが集まりました。
関川:ないない尽くしという点で言うと、土木経験者がおそらく私くらいしかいなかったんです。プラットフォームを作ると言われても、その知見がない中でビジネスを進めなければならない。そんな状況でしたが、当時ランドログの社長であった井川甲作さん(現 株式会社EARTHBRAIN CIO)たちがいらっしゃって。人数は少ないけれど、核となるメンバーがうまく集まったというか。誰が連れてきたのか分からないけれど、本当に良いメンバーが集まりました。建設技術的な話になれば私たちが対応し、プラットフォームやデータのことは井川さんたちが担当する、というように、うまく役割分担ができていたと思います。もし、あのメンバーがいなかったら、インキュベーションだけで終わっていたかもしれません。
進行:強烈なビジョンがあったからこそ、世間の注目を集めたのだと思いますが、当時はどのような声や問い合わせがありましたか?
関川:コマツが何か新しいことを始めたらしい、コマツ、ドコモ、SAP、オプティムが共同で会社を作ったらしい、という情報は広まったんですが、正直、皆さん「一体何をする会社なんだ?」とポカンとしていましたね(笑)。データのクラウド化という認識はあったようで、「うちの会社のデータもクラウドに上げられるのか?」「一緒に何かできないか?」といった問い合わせが多かったです。社名は出せないんですが、宇宙や鉄道、気象関連の企業など、本当に様々な分野の方々から連絡がありました。「なぜ、こんな人たちが?」と思うような方々も、ランドログのビジョンを聞きに来てくれました。
進行:当時、IoTプラットフォームは製造業の一部で導入が始まっていましたが、建設業やインフラ分野では、まだ難しいと考えられていましたよね。
明石:そうですね。社会にまだ存在しない価値を提供するという意味でも、非常に意義があったと思います。当時、IoTプラットフォームは、主に製造業の社内で、機械の故障管理などに使われる程度で、確立されたものもありませんでした。今でこそ上場しているIoTプラットフォームの会社も、当時ランドログのオフィスに来てくださって、「IoTプラットフォームなんて本当に存在するのか?」と疑っていたくらいです。
2017年当時、スタートアップのソフトウェア、SaaSビジネスが立ち上がり始めた頃で、システム同士が連携するという概念自体がまだ一般的ではありませんでした。特に建設業界では、その傾向が顕著で、各社が同じようなシステムをバラバラに作っている状況でした。
それが、7年経った今では、状況が大きく変わりました。各建設会社もオープンな姿勢になり、「同じものを作るなら連携しよう」という意識が芽生え、SaaSもAPI連携が当たり前になっています。昨年の展示会「Built World 2024」でも、システム連携が前提として話されていました。2017年に私たちが提唱していた「IoTオープンプラットフォーム」という概念が、ようやく浸透してきたんだな、と感じています。当時はまだ早すぎたのかもしれません。
でも、当時は、「コマツにすべてのデータを取られてしまうのではないか」といった、ネガティブな意見もたくさんありました。それも思い出に残っていますし、振り返ると、マーケットに大きな影響を与えたのではないかと思います。
進行:関川さんが「夢だけ語っていた」状態から、現実に引き戻された時の思い出について、お話しいただけますか?
関川:企業である以上、ビジネスとして成立させなければならない、という現実にハッと気づいたんです。プラットフォームはあったんですが、それだけではサービスとして成り立ちません。唯一、コマツのKOMTRAXのデータを取り込めるという機能だけがあった。それだけを販売しようとしてもニーズが少なく、限界がありました。
次にどうするか、となった時に、スマートフォンで位置情報を確認できるアプリや、Raspberry Piを使ったカメラなど、メンバーがそれぞれ作り始めて、プラットフォームに繋げる努力を始めたんです。まだ製品化はされていなかったんですが、「繋がる」ということが分かった時点で、他の企業に「こういうことができますよ」とアピールし始めました。
そうすると、「うちの製品も繋がるんじゃないか?」と、さまざまな企業が集まってきてくれました。設立から少し後、パートナー総会を企画し、多くの企業に参加していただく場を設けたのが、その始まりです。製品はないけれど、「自社の製品を繋げてみたい」「使ってみたい」というところから、少しずつ「繋げる」ビジネスが見えてきました。
「繋ぎたいけれど、繋げるためのツールがない」という企業に対しては、「他のパートナーさんの製品と繋げてみませんか?」という提案をするなど、パートナー間でビジネスが生まれ始めるようになったのも、その頃です。
進行:ランドログとして、お客様のニーズを掘り起こすだけでなく、パートナー企業と一緒にビジネスを創り上げていった、ということですね。
関川:そうですね。ランドログのパートナー企業の中には、建設業界に参入する方法が分からなかった企業も多かったんです。建設業界は、ある意味、部外者には閉鎖的なところがあり、参入のきっかけが掴みにくい。そこで、ランドログのパートナーになることで、建設業界との接点を持つことができた、という企業もありました。
当時、「やんちゃな土木ネットワーク」という様々な土木会社の有志グループがあり、その方々と一緒に現場で、ランドログパートナーに対しての見学会を開催したり、土木の基礎知識を学ぶ講習会などを何度か開催しました。ランドログが、さまざまな業種の方々が土木の現場を知るきっかけになったと思います。本来なら、大手ゼネコンや地元の建設会社に直接アプローチするのは難しいですが、ランドログを通じて、そういった企業の方々と話ができる、という点が魅力的だったのではないでしょうか。
進行:実際に、パートナー企業が現場を体験することで、具体的な提案に繋がっていった、ということでしょうか?
関川:そうですね。土木の知識があるメンバーと、プラットフォームがあったことで、活動が活発になっていきました。
進行:パートナー企業との活動を通じて、サービス構築がうまく進み始めた、というお話でしたが、その後、現在に至るまで、ビジネスの中心はどのようなものでしたか? また、どのような課題に向き合ってこられましたか?
関川:まずは、パートナー企業との活動の中で、令和元年度のi-Construction大賞を受賞できたことが、大きな転機となりました。おそらくランドログが建設会社ではない初めての受賞だったと思いますが、この受賞によって、一気に注目を集めることになりました。「ランドログって、そんなことをやっているんだ」と。
そこから、「自社にはこういう課題があるんだけど、パートナー企業同士で解決できないか?」という相談を受けるようになり、「コンソーシアムのような組織を作って、一緒に取り組みましょう」という、良い循環が生まれていきました。
元々、コマツをはじめとする4社で設立した会社なので、話題性はありましたが、実力が試されている時期でもありました。その中で、i-Construction大賞を受賞できたことで、「土木業界で、こういうことができるんだ」ということをアピールでき、それが大きなステップになったと思います。
進行:受賞によって自信がつき、案件も増えてきたと思いますが、特に思い出深い現場や案件はありますか?
関川:初めて規模の大きい案件を受注できたときですね。それまでは小規模の案件が多かったので、本当に嬉しかったですね。
その後は、何と言っても大豊建設さんとの取り組みですね。当時の所長さんが、わざわざランドログまで来てくださって、「どうしても自動化を実現したい」とおっしゃってくださった。そこから、現在に繋がる大きなプロジェクトが始まりました。本当に良いステップだったと思います。
(第二回「ランドログが描く、建設DXの新しい未来」に続く)
※次回は4月3日公開予定